TARTAROSはもともと、フィギュア原型や雑貨などの製品開発に携わるプロダクトデザイナーとして活動していた。
構造への理解、素材特性の把握、意匠設計など、プロダクトに必要な技術的知見を基礎とし、論理的な思考で「形をつくる」ことに精通していた。
やがて、制作に対する達成感とともに、次第に「意味をつくる」方向へと関心が移り、自己表現の領域に踏み出すこととなる。
制作の初期段階では、瞑想をきっかけに得たイメージをスケッチとして記録し、そこから立体や絵画を構築していった。
目に見えない感覚を外在化するという作業は、彼にとってデザインとは異なる意味での「形づくり」であり、より内面的で個人的な体験を視覚化する行為であった。
しかしTARTAROSの表現が大きく転換するのは、2016年頃からである。
彼は、世界中の紙幣を作品素材として扱い始める。最初は抽象的な構成要素として紙幣を用いていたが、次第に構図や意味性を伴う表現へと展開していった。
その中でも特に注目されるのが、日本美術の象徴ともいえる風景画──葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」を引用し、紙幣で再構成する絵画作品である。
この作品では、波の躍動感あふれる曲線や、背景にたたずむ富士山といった構成をもとに、色味や質感の異なる紙幣を細かく切り分け、貼り重ねて画面を構築している。
用いられる紙幣は、主に日本の銀行券と世界各国の通貨であり、加えて金箔や銀箔などの装飾素材が画面に華やかさと重層的な意味を与えている。
注目すべきは、紙幣と北斎という二つの要素の共通点に対するTARTAROSの着眼点である。
いずれも複製され、多くの人々に共有される「印刷物」であること。
流通性、大衆性、記号性を兼ね備えていること。さらに、時代を越えて価値を維持するという特異性を持っていること。
TARTAROSは、これらの共通項に着目し、紙幣を用いて北斎を描くという構造に、現代社会における「信仰のかたち」を重ねている。
江戸時代における自然への信仰──海、山、風といった存在は、人々にとって畏敬の対象であった。一方、現代ではその位置を「お金」が占めているのではないか。
TARTAROSのこの問いは、風景画の形式を借りて、現代社会の価値構造を可視化する試みとして提示されている。
また、この作品群には、素材そのものの質感や色彩にも綿密な配慮がなされている。
日本の紙幣は淡いグレーや青みを帯びており、波の部分に使うことで、北斎が用いた藍色に近い視覚効果が生まれる。
外国紙幣の多くはカラフルで、空や雲の部分に配置することで、多様な色彩が自然に馴染む。
さらに、紙幣に印刷された肖像や模様が、画面の中で偶然のように姿を見せることにより、意図と偶然が交差する視覚的な層が生まれている。
作品の仕上げに用いられる金箔や銀箔は、TARTAROSが育った金沢の伝統工芸に通じる素材であり、それらは単なる装飾ではなく、「神聖さ」や「権威」を象徴する要素として画面の中に置かれている。
絵画表面のコーティングや研磨処理においても、彼のプロダクトデザイン時代の技術的な蓄積が活かされている。
一部の作品では、紙幣を画面に“隠す”という方法が用いられている。
これは、偽物のように見えるものの中に本物がある、あるいは本物が見えないところに隠されているという構造を通じて、「現代における真実とは何か」を問う視覚的なメタファーでもある。
TARTAROSの作品に通底しているのは、「見慣れた素材に新しい意味を与える」ことにより、鑑賞者自身の思考を促すという意図である。
紙幣という極めて日常的な素材が、構成と加工を経て美術表現に変わる過程には、単なる技巧を超えた問いかけが含まれている。
その作品を前にしたとき、鑑賞者は美術品としての美しさと同時に、「自分にとって価値とは何か」「自分は何を信じているのか」という内省に導かれる。
TARTAROSの作品は、そうした思考の起点として機能するアートである。
TARTAROSの作品は以下で展示販売しております。
『伝えていきたい日本の美意識』
🗓3/26(水)~3/31(月)
🕒10時~20時
📍博多阪急 8階催場 最終日17時閉場
Schedule
Public View
4/19 (sat) 11:00 – 19:00
4/20 (sun) 11:00 – 17:00
2025年3月14日(金) ~ 4月5日(土)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
※初日3月14日(金)は17:00オープンとなります。
※オープニングレセプション:3月14日(金)18:00-20:00
※3月20日(木)は祝日のため休廊となります。
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F